お値段だけで決められない…?


「いいもの」というのは何を意味するかで変わってくると思います。「手の込んでいるもの=いいもの」といことであれば「高いもの=いいもの」という事になりますが、着物は伝統工芸的品とファッション的な側面の両面があります。
 例えば、大島紬はその絣の細かさによって5マルキから12マルキまであり、数字が大きくなるに従って糸が細くなり、絣が細かくなります。12マルキなどになりますとパッと見た目には染か織かわからない程の細かい緻密な絣で相当な熟練職人にしか織ることが出来ません。もちろんこの織物は伝統工芸品としては非常に優れた技術で織られたものということは疑う余地はないのですが、ファッション的に考えると絣が細かくても関係がないと思います、実際に5マルキのほうが絣が大きくてはっきりしていて好きという方も多くおられます。
 現在は高級品指向が強く、比較的安価で購入できる5マルキがほとんどなく7マルキ以上の絣しか見られません。又、大島紬の風合好むのであれば染の大島紬も良いではないかと思います。生地は大島紬ですが、後染のため一番手間のかかる絣作って織る手間が必要ないので非常に安く作れます。染の大島紬は賛否両論あるとは思いますが、風合いは織も染も全く同じなので選択肢の一つと考えるのも良いのでは…?。
 以前京都の問屋のベテランの方が結城紬は目をつぶって触るだけで亀甲数がわかると豪語していましたが亀甲が細かくなるに従って糸が細くなるのでその布の厚みを感じることによって亀甲数がわかるんでしょうね。
 確かに160亀甲などの絣の細かい結城紬は高価ではありますが、こちらも上に書いた大島紬の例と同じく、手は込んでいる品も多くありますがそれがファッション性に優れているかどうかは別問題です。それどころか、着物愛好家によっては絣が大きい方が生地が厚く、ほっこり、暖かみがあるから80亀甲あたりのほうがいい、絣の大きい方を選ぶ愛好家も多くいらっしゃいます。
 きもののファッションという要素を重要視するのであれば必ずしも高いものがいいものとは限らないですねー。




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着物のミシン縫いと手縫いの違い


◎ ミシン(ハイテク)仕立のメリットとデメリット。
 きものと云いますともちろんお仕立てする必要がですが、お仕立は大まかに分けてミシン仕立てと手縫い仕立ての2種類がありますのでこの両者の違いについて書きたいと思います。
 ミシン仕立ては別名ハイテク仕立てといいまして、すごく大がかりなコンピュータ制御の工作機械のような精巧なミシンで、主に直線部分をだだだだーっと縫っていきます。
 昔ながらの手縫いに慣れ親しんだ方には少々違和感があると思いますが、これがかなり精巧な機械で、ミシン仕立は着にくいなんて言われたことは昔のことです。それにミシン仕立でも一番大事な衿の部分は手縫ですし、ミシン仕立=仕立てが悪いは古い考えです。
とは言うものの、何でもかんでもミシン仕立がいいのか、というとちょっと待ったです。
 洗い張りや染め替えなどの時には一度解いてしまう必要がありますが、しっかりと縫っいますので解くのも少々時間がかかります。時間がかかるぐらいなら頑張ればいい事なんですが、何よりも一番のネックはミシン針は通常の縫い針よりも太い縫い針を使うことによる生地に大きく穴が開いてしまいます。大きな穴といっても破れるような穴ではないので普通に着るには、まったく問題はありませんが、寸法直しをして縫い目が表に出た時にやや大きめの穴が開いるともあるかと思います。
 でも、解くのが時間が掛かるということは丈夫に縫てあるということですから、洗濯機でガラ、ガラ回すような着物や、仕事用に使う丈夫さを求められる着物だとミシン仕立がお勧めです。そもそも合繊の着物ですと、縫った跡の線がバッチリついてしまうた、、仕立替え自体しにくい物で、洗い張りやサイズ直しをしようにも出来ないので、「もうサイズ直しはしない」と割りきって丈夫さに主眼をおいてミシン縫いにするのは賢い選択と言えます。
 一方、手縫いのメリットはというと、解きやすいので仕立て替えしやすいことが一番のメリットですが、もう一つ言いますとやはり機械ではできない緻密さでしょうか。一流の職人さんにもなりますと、生地の収縮率まで考慮して生地が落ち着いてきた時に一番着やすいように仕立てると言われます。
 ミシン縫いというとなんとなく荒っぽく縫われてしまうような気がしますが、昔と違いそれは間違い、今はすごく良くなっています。今のこの時代、質の良くないものは自然と淘汰されますので、ミシン縫いといえどただ安いだけでは生き残っていけません。
 合繊の着物や洗い張りをして縫い直す予定が全くない場合は、手縫いだけにこだわらずミシン縫いも選択肢の一つと考えて、着物の素材や将来譲る予定がある、なし、などによって賢く縫い方を選択するという時代になってきたのではないかと思います。
 でも、手縫いは着物のロマンといいますか様式美ですねー。







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西陣帯 眼鏡型証紙


 お正月明けの百貨店でぶらり散歩、さすが新年です華やかに帯が並ぶ。
陳列棚でアレー、西陣織の帯についている眼鏡型証紙ですが、黒なのです、私の知っている証紙は金・緑です、黒の証紙があった…商品は爪綴れです、確か西陣の眼鏡型証紙は明治時代に38社の織屋さんが織物組合を作り、織屋さんの組合登録の順に番号を付けたと聞いています。ようは織屋さんのマイナンバーです。
 証紙番号は1から順番につけられて廃業などの場合はそのままで、その番号は抜け版だそうです、38社で始まった組合組織、現在は2500番ほどでそうです。
 余り欲は存じませんが渡分37番、川島39番、龍村がなぜか644なんです、おしゃれ物でモテモテの木屋太は2011番なのですよ…、今回はここまで、ちょっとこの眼鏡型西陣証紙を今一度勉強してから又ここに書き込んでみたいと思います。

 
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大嶋紬の証紙考


大島紬。恐らく全国の織物の中でも結城紬と共にトップクラスの知名度を誇り、着物ファンなら一度は袖に手を通してみたい着物ですよね。大嶋の軽くて肌に馴染む風合いで肌触りも最高です。
そして昔は結納のお返しや紳士ものを誂えるというとまずは大島紬のアンサンブルでしたよ。
 その信頼にこたえて、現在、協同組合もしっかりとしたものが存在しており。一反ずつ厳密な検品を行い、
その検品に合格したものに証紙が添付されるのですが、代表的なもので鹿児島県産の旗印と奄美大島産の地球印(他に宮崎の鶴印などもありますが生産量は少ないのでここでは割愛)の二種類があります。厳密に言うと現在は奄美大島も鹿児島県の一部なのですが奄美大島で作られているものと奄美以外の鹿児島県で作られているものでラベルが分けられており、組合も別団体のようです。
 組合が別団体になったわけは、戦時中に米軍が沖縄に侵攻してくる時に大島紬の織元は鹿児島県へと逃げて、そして戦争中にも細々と大島紬を織っていて鹿児島本土の地で大島紬制作の下地が出来上がり、従来からあった織物組合から別の組織が出来上がったようです。
 戦後、奄美大島でも大島紬を織り始めましたが、奄美大島の織元が鹿児島の地球印のマークを使わせてもらうように頼んだところ、いろんな事情で使用することが出来ず独自の旗印の証紙を作ったようです。
 ところで奄美大島の大島紬の証紙は1種類、鹿児島県の地球印の証紙は2種類あるのをご存知ですか?奄美大島産の大島紬は白地に地球印というおなじみのマークですよね(見たことがなければ「大島紬 証紙」でネット
で検索)奄美大島産は基本的に手織りのものしか作っていないので絣の細かさや難易度の高い高級品など、種類は色々有りますが証紙は手織りのもの1種類しかありません。
 一方で旗印の鹿児島県産はオレンジラベルと青ラベルの二種類ありまして、青ラベルは奄美大島の地球印と同じ手織りですがオレンジラベルは機械織りとなります。
 ところで大島紬には着物と証紙とがワンセットになっていて貼り替えたり出来ないようにパンチ穴があけられているのはご存じですよね。大島紬の証紙を別の粗悪品に貼り替えたり出来ないように、証紙を貼ってから着物と一緒にパンチ穴があけられます。このパンチ穴がずれていれば証紙を一旦剥がして別のものと貼り替えたと考えられるわけで、大島紬が信頼される織物と言われる根拠となっています。




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チョット面白い大嶋の話


大島紬のパンチ穴に気が付いた方は…?。
 着物ファンならば一度は着てみたい大島紬。昔は人件費が安い韓国で作られた大島紬などもありましたが、今
ではすっかり姿を消してしまいました。
 韓国大島と日本産の大島紬の違いを見分けるのは非常に難しいですが、一般的に韓国大島は日本産の大島に比べてほんの少し表面がざらついたような感触になります。反物の状態ですと織り出しの部分に「韓国大島」と書かれているし、日本の大島紬は地球印(奄美大島産)、旗印(鹿児島産)、鶴印(宮崎産)などの証紙が添付されているので明確にわかるのですが、仕立て上がった着物は手触りでしか判断することができません。
 大島紬の証紙は各協同組合で厳密に管理されていて、厳密な検査に通った反物にのみ証紙が貼付され、反物と証紙を重ねてパンチ穴で穴を開けて出荷されます。また、最近は新しい試みとして本場奄美大島紬協同組合(地球印の奄美大島産大島紬)では履歴書シールが貼付されて奄美大島紬協同組合のHPでシリアルナンバーを入力すると柄の画像や生産者の写真データが表示されます。
 さて、今回のお題のパンチ穴ですが、パンチ穴と言っても反物と証紙に完全に穴を開けてしまうわけではなく、押し付けたような感じでその部分が凸凹になるのです。なぜこのパンチ穴をいれるかといいますと、正規の大島紬に付いている証紙を剥がして別の反物に貼付されると生地と証紙のパンチ穴が合わず、貼り替えが判るのです。
 ところがですね、正真正銘の大島紬であったとしてもある種の反物は証紙と反物のパンチ穴が合わないことが多々あるのです。これはあくまでも製作の工程上でしかたがないことです。
 大島紬には大きく分けて3種類あります。上に書いた奄美大島産の地球印、鹿児島産の旗印、そして最近あまりみなくなりましたが宮崎産の鶴印。鶴印はどちらかと言うとマイナーで白大島がほとんどであまりご存じない方も多いと思います。そしてこれらの大島をまた大きく二つに分けると「先染め」「後染め」にわかれます。
 先染め、後染めというのはその名前の通り、生地を織る前に染めるか織った後に染めるかの違いでして、大抵の場合、先染めは糸の段階でどの糸が着物のどの部分になるかを計算して染められ、先染めの糸の絣を組み合わせるのも全て手作業ですので非常に手間がかかり、価格も高価となります。一方、後染めは白生地を織った後に染めるので先染めに比べると安価です。
 で、ここで問題になるのは後染めの方。奄美大島産の地球印の大島紬は先染めのみで後染めは作っていないと思うので、ここからは鹿児島産の旗印の大島紬のこととお考えください。
 大島紬の糸を使って機械で織り上げられた大島紬は、当然のことながら肌触りや風合いは全て先染めの大島紬と同じものですが、まだ何も染められていないので柄もなく、色も白いままですが(ややベージュかかった色)大島紬の検査は通っておりますので協同組合の証紙は貼付され、そしてその生地が京都などの染屋さんに運ばれて通常の白生地に施されるのと同じように染められます。
 問題はこの染められる段階でして、証紙を貼ったまま染めるわけには行きませんので染屋さんで一旦剥がされ、柄が染められた後で再度貼付されますが、その時に剥がされた証紙と生地は元々の生地と証紙の組み合わせではなく、剥がされたたくさんの証紙の中から適当に一枚取って染め上がってきた着物に貼り付けるのです。そりゃ、何十何百と染め上がってくるんですからいちいちナンバリングして貼付させるなんてことはできません。
 というわけで着物関係の本には「大島紬にはパンチ穴が開いていて貼り替えたりなどの不正ができないようになっています」と書いておりますが、後染めの大島紬に限っては貼り替えられていることがごく当然ですのです。
 それから最後に大島紬の証紙はあくまでも大島紬であるという証明ですので、それが織物としていいものかどうかは別問題であり、最高級の12マルキのものであってもどちらかと言うと絣が大きめの5マルキであっても同じ証紙が付きます。証紙が付いている=高い織物というわけではありませんので証紙が付いていることに安心せず注意してください。




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絞りの着物


絞りの歴史は古く、天平文化の時代、約7世紀終わりから8世紀頃に大陸より伝わった天平の三纈(てんぴょうのさんけち)と言われる手法、すなわち夾纈(キョウケチ)・纐纈(コウケチ)・蝋纈(ロウケチ)のうち夾纈や纐纈が絞りに該当します。江戸時代に宮崎友禅斎が友禅技法を確立するまでは生地に柄を描くのは先染による絣か、もしくはこの天平の三纈しかなかったと思われます。
夾纈というのは挟んで染め分ける技法で左右対称の版画のような板の間に布を挟んでその挟まれている部分を防染するという手法で、広義の絞りと言えるかもしれません,

纐纈(コウケチ)。
 纐纈というのは一般的に布を糸で括ることによって防染する技法で「絞り」という言葉でみなさんが一番想像する方法でしょうか。絞りの種類は多く、蜘蛛絞り竜巻絞りなど(同じ技法でも名称が違うものも多々あります)色々ありますが、一番有名なのは鹿の子絞りですね。

鹿の子絞りというのは、小さく摘んだ布に木綿糸や絹糸を巻きつけて防染してまるで鹿の胴体のような模様を表現したもので、職人さんは太い木綿と細い絹糸を使い分けて様々な絞りを表現していきます。
木綿の糸ですと4回程度、絹糸ですと8回以上巻くといわれています。また、絹糸で12回巻いたものもあります。ただ絞っただけで色を挿していないものは総疋田と呼ばれ数百万円という価格で取引され、このクラスになるとファッションとしての着物というよりも伝統工芸の技術を楽しむという感覚かもしれませんね。なぜ木綿の糸で絞るかと申しますと、木綿という繊維は濡れると縮む特性がありますので染料に浸けた時に木綿糸自体が縮むことによってよりきつく絞られて糸と生地の間に染料が入るのを防ぐのです。

中国ものがどんどん入ってきて、高級品という認識の絞りもいまではかなり安く販売されるようになっていますが、粒がピンと立って、絞りが規則正しく並んだ絞りは日本製ならではでして、並び方がやや不揃いで荒っぽい中国製とは一見しただけですぐにわかります。


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牛首紬


牛首紬について
 結城や大島など紬の中で一枚はほしい牛首紬とは…?。

 石川県白峰と云う処が昔、牛首村と呼ばれていた所で織られていたからと云われますし、又、牛の角でつついても破れない布であるからとか…?。この牛首村に源氏の落ち武者がやって来て村人に機織り技術を教えたのが始まりと云われます。その牛首織には2種類あります、1つは近代化された織物の表面がツルッとした大島紬のような織物と、もう1つは伝統を変えずに、昔ながらの少々ザックリとした真綿のような風合いで一貫した手作業で生産数わずかな紬でフアンが多い織物。
 石川県牛首紬生産振興協会製造定義
 ・ 先練りまたは先染めの平織り、若しくはコレの変化組織とする。
 ・ 経糸に使用するいとは生糸、よこ糸に使用する糸は「坐繰り」による玉糸とする。
 ・ よこ糸の打ち込みは「杼」を用いる。
上記の説で、白山市周囲で作られる玉繭を使ったよこ糸を使って杼で織ると牛首織になりますねー。
 玉繭には通常、繭1個に1頭の蚕が入っていますが、その繭の1〜2割の繭に2頭が入った繭が有り、その繭は2頭の蚕がそれぞれに糸を吐き出すためにいびつな繭が出来、牛首独特の節のある糸となります。そしてその玉繭の風合いが人気のもとです。
 均一でない太さの糸ため普通の全自動の製糸機械を使うことが出来ず、半機械、半手動で織られるためコストがかかるが、この節の風合いが牛首織の最大の特徴で人気のもとです。

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結城紬・大島紬はなぜ高価なのか…?


 結城紬・大島紬はなぜ高価なのか…?

きもの通の行き着くところは紬のきものを粋に着こなす事だと云われていますね。
 百貨店・専門店などで結城つむぎ、大島つむぎ見て、いつも0の桁数の違いを…数えてもています。
この、結城紬・大島紬はなぜ高いのでしょうか…?、
 結城紬も大島紬も模様の細かさにより価格が決まる、結城織の場合はまず、まゆから糸を取り、紡ぐ、そして、手で縒り糸にする、糸を束ねて模様に合わせて括る、模様次第では1ミリ単位の括りです。これも色数により膨大な数です、そして染め終わってからも、その糸の括りに応じて座り機で織って行きます、もちろん本場紬の場合ですが、一反のきものを織るのに何か月もかかる。
 大島紬の場合も同様で模様に合わせて括ります、縦、横を括りに合わせて織りこんでゆく、7マルキ、9マルキ12マルキと数字の多いほうが細くなる。
 この結城、大島の希少性は発祥当時から守り続けられてきた大変手間の掛る製造方法です。。
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和服に合う つまみ細工


 つまみ細工

 つまみ細工の簪(かんざし)本当にほっこりしますよ、今日つまみ細工体験に行ってきました…。
つまみ細工とは、江戸時代より伝わる技術で、薄物の「羽二重」を正方形に小さく切り、これを摘まんで折り曲げてたたみ、組み合わせる事で、花、鳥などの模様を作ります、東京都して居野伝統工芸、和服には良く似合う髪飾りなどが代表です、簡単に云えば、舞子さんの簪(かんざし)です。

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 まずは3センチ角の縮緬をピンセットで織り込んでゆきます。

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 布地は正絹です、化繊ですとノリの付が悪いそうです。

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 ぱっちん止め

 初めての挑戦で凝ったものは作れませんでしたが… 可愛いでしょー。

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江戸の染色・江戸小紋のふるさと


  今昔、江戸小紋のふるさと、染色産業の中心地だった落合、中井地域、昔は川筋の染め工場の職人さんが妙正寺川のあちらこちらで染め物の水洗いをする風景は、この一帯の風物詩でした、此の風景を今なお染にこだわり活動を続ける人々が居ました。

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 染が当地で盛んであった昭和を再現された妙正寺の友禅を架ける催事に3月に出会いました。昔はこの川で腰にまで水に浸かり友禅の染料を晒していたとか…、現在は環境問題改善の家屋内で槽を作り、ゆうぜんを晒して仕上げを鋳ています。

所 在 地  西武新宿線・都営地下鉄大江戸線「中井駅」周辺

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